スタッフ紹介

かすえらマスター
店主

自己紹介

アラフィフの京都人

 

料理人を志したのは中二くらいの時

パリ‐ダカールラリーをみてこれに参加したいと思いオフロードバイク購入する、レースに参加するほどになかなかハードな世界・・・

ならば運営側に参加すれば良いのでは?

とう言う訳で調べるとフランスの「アフリカツール」なる会社が運営してるとのこと

ならば・・・

「そっち就職した方が早くないか?」

と、言う訳でフランス料理の道に

 

専門学校を経て一旦、日本での仕事に慣れようと最初の就職先は長崎のハウステンボス

そこでも、休みの日はサーキットでよく走ってました。

そんな時、創始者のティエリー=サビーネ氏がヘリコプター事故で死去

運営は彼の父親に引き継がれはしたものの時代の流れか当初のアドベンチャーラリー感は薄れ

金・金・金のまさにフランス人らしい仕上がりに・・・(やっぱりフランス人は変人の方が人間味があって面白い気がする。)

てなわけでパリダカには興味を無くして惰性で料理の世界に残ってる感じ?

 

その後京都に戻って萬養軒>キリンビールのやってたドイツのEDO>フランスでle fuji等に

キリンの海外事業撤退でリストラやらフランスではT氏のピンハネにムカついて辞めたり、ノービザのもぐりのコックどものせいで給料もらえる仕事がなくて日本にいったん帰国したり、紆余曲折。

そんな中、流石はヨーロッパ!バカンスがあるわけですよスペインに自転車とキャンプ道具持ってスペインをグルっと回るとドンピシャ自分好みな料理な訳ですよ、いつかスペインで働いて自分でバルをやりたいなと思いを持ちつつ。

やっとこさでスペインでネグラの仕事で1年契約、人身売買組織のサントスのミスか運がないのか結局ビザ下りず。やっぱり縁がないのかスペインは・・・

帰国しての東京での某テレビ局のオープニングの仕事ではグダグダの某鉄人にも出た事のあるらしいフレンチ屋さんのプロデュースの研修でオープン前々日で仕込みも終わってないし教えにも来ないし適当だし「こりゃあかんわ」と思って本気出したら因縁付けられて飛ばされるし、スパニッシュに就職したら「来月からフレンチに路線変更します。」とか散々で転々。

 

てか、東京は人が多くて職場も多いし組織でやるにはよいしょする力が必須ですな、腕だけでのし上がれるってのはちょっと違う。独立する時の話なんだなキット・・・

 

転職してから思ったけど結構ブラック&ハードな職場だったみたいねハウステンボスさん、他のところの仕事がぬるく感じるほどには・・・シランケド

 

こんなわけで色々あって自分でした方が早くないか?と思い独立開業に至ると・・・

今はボチボチ気楽にやってます。

話は大分はしょったので詳しく聞きたい方は何か飲みに来てくださいな。